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人にやさしいスピルリナを研究

35種のスピルリナから最適種を厳選

スピルリナのもつ豊富な栄養素に目をつけ、これを人工的な食品として量産化に乗り出したのは、そもそも、フランスが世界で最初でした。1963年のことです。フランス国立石油研究所のクレマン博士(女性)がリーダーとなって、チャド産のスピルリナを種母に工業化に着手したのがそれです。

これに対して、日本がスピルリナの研究に取りかかったのは、1968年のことです。 ロンドンにある国際微小藻協会の会長をつとめるクリストファ・ヒル博士の援助のもとに、プロジェクトチームを組み、工業化に向けてスタートしました。それから二年後、わたしたちの研究は大日本インキ化学工業株式会社(以下「ディック」と略します)に受け継がれてスピルリナの量産化に成功、その製品は各方面から高く評価されています。時間的にはフランスに遅れたこと7年でありますが、フランスとは別に独自に研究をすすめ、種母にはエチオピア産のスピルリナを使用しています。それでは、私たちがなにゆえにエチオピア産のスピルリナを種母にしたのか、その理由について、説明いたします。

ひとくちにスピルリナといっても、植物学でいうスピルリナ科に属する藻類は、35種類を数えます。そのなかには栄養価が乏しかったりして、まったく食品としての価値のないものもあります。そこで、わたしたちが、最初に取りかかった仕事は、種母の選択でした。35種類もあるスピルリナの中から、種母として最高の適性をもったスピルリナを選びだそうというのです。そのため、次のような基準を設け、これに最高点で合格したスピルリナを種母に使用することにしました。

適性基準というのは、

  1. 毒性がまったくないこと、
  2. 栄養価が高いこと、
  3. 繁殖力が旺盛であること、
  4. 収穫が安易であること、

の四点で、どの一つが欠けても不合格という、きびしいものでした。

大学の入学試験にたとえるならば、第一次試験はペーパーテストということで、湖や沼に関する世界の文献を片っ端から調べました。それまでの基礎調査から、スピルリナは、塩分濃度の高い熱帯地方の塩湖に自生することが知られていたので、湖沼学の文献を集中的に調べました。文献調査には多くの研究者の協力があり、一次的には、次の八つの塩湖に自生するスピルリナならば、合格点をあげられることがわかりました。

  1. エレメンテイア湖(ケニア)
  2. ルドルフ湖(ケニア)
  3. ナクル湖(ケニア)
  4. ヨアン湖(チャド)
  5. アラングァディ湖(エチオピア)
  6. チルチュ湖(エチオピア)
  7. フッカチナ湖 (ペルー)
  8. テスコ (メキシコ)

さて、次は二次試験。これは毒性検査から成分の分析、培養試験などの実験が中心で、一次試験の合格品種を、科学のふるいにかけて、そのなかから一種類を選びだすものでした。なにしろ、開発目標を最高品種のスピルリナを種母に使い、これを最高度の技術を駆使して純粋培養し、規模も大量生産を見込んでいましたから、何ごとも、パーフェクト主義という、きびしいものでした。ときには失敗続きの実験にフラスコを投げたくなることもありましたが、そんなとき、顕微鏡をのぞくと、あの魅惑的な姿をしたスピルリナの動きが、心をなごませてくれたことでした。また、ときには実験データをめぐって意見が3つにも、4っにも分かれ、夜を徹してデイスカッションしたことも、何回かありました。科学者に妥協は許されません。納得いかないことは、翌日再実験して証明できるまでやり、やれるだけのことはやりました。このようにして、選び抜かれ、最後まで、ふるいに残ったのが、エチオピアのアラングァディ湖に自生するスピルリナでした。いうならば、競争率35倍という大難関を突破したスピルリナの チャンピオンともいうベきものでしょう。